「やんごとなき御方より召されて、山鳥の尾張の国より都に参りしは、室町時代花の御所の時なり」と家譜に伝え候。本家尾張屋でごさいます。寛正6年(西暦1465年)といえば京では応仁の乱の起こる前の年、私どもの先祖は尾張より京都へ出て参りまして、京の四条烏丸あたりで蕎麦菓子の商いを始めました。やがてそば処としても京の町衆に親しまれるようになり、その味わいの評判は宮家や寺院の方々にも届き、しだいに尾張屋のそばを好まれる方が多くなってまいりました。本願寺さんからはその美しさと上品な彩りから、尾張屋の「五色そば」と言う名で親しまれ、わざわざ大きな重箱をもって買いに来られるようになりました。
江戸時代には、御用蕎麦司(宮内庁御用達)を務め、しばしば宮中へそばをつくりにお伺いすることもございました。今も宮家の方々の御来京の折には、当代が蕎麦道具をもってお伺いすることがございます。